【保存版】留年経験のある有名人・芸能人一覧【17人】

今は世間から脚光を浴びる有名人・芸能人にも多くの”元留年生”がいます。この記事では、そんな方々を紹介するとともに、「留年が決まって落ち込んでいるあなた」が立ち直るきっかけを作れたらという思いでまとめました。

自己紹介

こんにちは、留年侍です。自身の体験を元に、「留年しそうな方」や「留年してしまった方」に向けブログ記事を書いています。私の経歴の詳細についてはページ上部の『自己紹介タブ』(スマホの方は『メニュー』→『自己紹介』)からご覧いただけます。

留年経験のある有名人・芸能人一覧

 

留年が決まりそうニャ・・・。

 
 

留年してしまったニャ・・・。人生オワタニャ・・・。

 

ご安心あれ。

今回は、留年の経験がある有名人・芸能人についてまとめました。

学業と芸能活動を両立していて留年した芸能人から、留年を機に一念発起した小説家、パチンコにのめり込んでいた有名塾講師など、異色の経歴を持ちながら成功を収めている人間はたくさんいます。

30年後のこのサイトには、あなたの名前が載っているかもしれません。

※パブリシティ権保護の観点から写真の掲載はしていません。


中田敦彦(お笑いタレント)


お笑いコンビ「オリエンタルラジオ」のボケ担当として一躍有名となったお笑いタレント。その後も歌手やYoutuberと次々に新しいジャンルへと挑戦し、現在Youtubeのチャンネル登録者数は驚異の400万人越え。そんな彼ですが、慶應義塾大学経済学部で芸能活動多忙のため2度の留年を経験しています。


宇治原史規(お笑いタレント)


お笑いコンビ「ロザン」のツッコミ担当。現在も京都大学卒業生としてクイズ番組などで見かける方も多いのではないでしょうか。彼は京都大学法学部に現役合格後、休学1年含めなんと9年もかけて大学を卒業しています。本人曰く「最初は”現役京大生”を売りにするためにわざと留年していたが、だんだんと本当に進級ができなくなってきてしまった」とのこと。


桐谷美玲(女優)


数々のドラマやCMでお馴染みの女優。2012年から2016年にかけて米映画情報サイト「TC Candler」発表の「世界で最も美しい顔100人」に選出され、2014年には日本人トップとなる8位にランクイン。俳優である三浦翔平の妻としても知られています。そんな彼女も、仕事が多忙であることからフェリス女学院大学を7年(2年休学、1年留年)かけて卒業しています。


橋下徹(元政治家)


大阪府知事、大阪市長と経歴を重ね、現在も政治評論家として朝のニュース番組などでよく見かけます。また、学生時代に不渡手形をつかまされ、訴訟を起こす経験をきっかけに法律家を目指し、弁護士としても独立し活動していました。そんな彼も早稲田大学政治経済学部で1年留年しています。その理由は定かではありませんが、卒業と同時に司法試験に合格していることから、試験勉強に時間を費やしていたと捉えるのが一般的でしょう。


村上春樹(小説家)


1979年、『風の歌を聴け』で群像新人文学賞を受賞しデビュー。その後も数々のヒット作を世に排出。2006年にはフランツ・カフカ賞をアジア圏で初めて受賞し、以後日本の作家の中でノーベル文学賞の最有力候補と見なされています。文学に興味がない方も名前くらいは聞いたことがあるのではないでしょうか。そんな彼も、早稲田大学第一文学部に入学後3回の留年を経て卒業しています。在学中に学生結婚、ジャズ喫茶を開業していることから、彼自身勉強よりも優先すべきものがあると考えていたのではないでしょうか。


福澤朗(アナウンサー)


ジャストミートの愛称でお馴染みのフリーアナウンサー。名前だけではピンとくる方は少ないかもしれませんが、現在も『開運!なんでも鑑定団』や『世界卓球』などの人気番組で司会を務めています。そんな彼も、早稲田大学第一文学部にて2回の留年経験があります。留年の理由は舞台俳優を目指していたためです。大学時代から演劇集団の養成所にいましたが正劇団員になれず就職活動を始めた彼は日本テレビに入社。当時の心境について「モラトリアム的な生ぬるい4年間を過ごした大学生には絶対に負けるわけにはいかないと思っていた」と語っています。


土屋太鳳(女優)


大河ドラマ『龍馬伝』やNHK連続テレビ小説『花子とアン』でお馴染みの女優。2013年に日本女子体育大学へ入学し、今年2021年の3月に卒業しました(4留)。在学中から本格的な芸能活動に身を投じていたための留年ですが、週刊誌で彼女をイジる記事が配信されたこともありました。


二階堂ふみ(女優)


第36回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞した『悪の教典』など話題作に出演。2020年には『NHK紅白歌合戦』で司会を務めました。そんな彼女ですが、2014年に慶應義塾大学総合政策学部に入学し、現在も同大学の7年生として学業と女優業の両立をしています。


小泉純一郎


2001年から2006年の内閣総理大臣。慶應義塾大学経済学部を2回留年しています。また、同大学入学前に2浪していることでも知られています。


田中耕一(化学者)


学士で唯一のノーベル化学賞受賞者。大学卒業後、大学院には進学せずソニーの入社試験を受けるも不合格。その後入社した京都の島津製作所で「ソフトレーザー脱着法」を開発し、この開発がノーベル化学賞の受賞に繋がりました。


谷垣禎一(政治家)


自民党総裁を筆頭に財務大臣や国土交通大臣、法務大臣などを歴任。東京大学法学部で4回留年しています。大学時代は登山部に所属しており、大学よりテントで過ごす時間の方が長かったとか。


藤田田(実業家)


「日本マクドナルド」や「日本トイザらス」など誰もが知る有名企業の創設者。また、著述家としての一面も持っており、『ユダヤの商法 世界経済を動かす』(1972年)はベストセラーとなりました。旧制北野中学(現:大阪府立北野高等学校)にて留年の経験があります。

 


細川護熙(政治家)


第79代内閣総理大臣。学習院中等科(中等学校)にて留年の経験があります。


夏目漱石(小説家)


本名:夏目金之助。『吾輩は猫である』『坊ちゃん』などの代表作で知られています。明治の文豪として千円紙幣の肖像にもなりました。東京大学予備門(現:東京大学)にて留年しましたが、その後一年発起し卒業まで主席を通しました。


竹岡広信(英語教師)


駿台予備校の有名英語講師。漫画『ドラゴン桜』に登場する英語教師のモデルとしても知られています。京都大学工学部在学中に、父親の経営する学習塾でアルバイトをしていましたが、自身が英語を教えていた教え子が志望校に全員不合格となってしまったショックから、文学部に編入。その後も生徒の成績が伸び悩んでいたことから留年を繰り返し、自暴自棄になり休学しパチンコに入り浸っていた時期もあったそうです。


堀尾正明(アナウンサー)


『NHK紅白歌合戦』の司会経験もある、元NHKアナウンサー。学生演劇に熱中し、文学座や俳優座で修業していたことから早稲田大学第一文学部を2回留年しています。


平野啓一郎(小説家)


1999年、『日蝕』により第120回芥川賞を当時最年少の23歳で受賞。学生時代から執筆活動をしていたことが理由で、京都大学法学部で留年をしています。

まとめ

いかがでしたでしょうか。

芸能活動と学業を両立していて留年した芸能人は、卒業後も芸能関係の仕事に就くのであまり参考にはならないかもしれません。

しかし、在学中から学業以上にこだわりを持って何かをしている人がその道で成功したという事例や、留年を反省しながらも着実に経歴を高めていった政治家など、参考になるような人生を歩んでいる有名人も多かったのではないでしょうか。

少なくとも、留年したら人生が終わるなんてことは決してありません。

留年で得た1年があなたにとって必要だったかどうかを決めるのは、これからのあなたです。

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